友禅

出典:http://www.bbth.co.jp/kisste/post-3042

日本伝統文化の一つである着物も、長い間に変化し続けてきました。特に江戸中期には友禅染が出現して、それにより様々な技法が発達したのです。絵画のような色鮮やかな染めは、当時の流行になったとも言われています。

特に三大友禅と言われる「京友禅」「加賀友禅」「江戸友禅」は、それぞれの個性があり魅力的。そんな友禅をご紹介致します。

そもそも「友禅」とは何?

着物には白糸を織り、布となった白生地を染める「染めの着物」と、糸そのものを染めてから織って布にする「織りの着物」があります。「友禅」とは、染めの着物の代表的な技法の一つで、江戸時代で沢山の文化が花開いたと言われる元禄時代に生まれました。

それまでの着物の柄と言えば、絞り染めや刺繍などが主流だったと言われています。これを変えたのが「友禅」であり、糸目糊を使って隣の色が混ざらないようにして、白地に繊細な絵を描くという画期的な工法だったのです。

では「友禅」という名は何からきたのでしょうか?

実は当時京都・祇園には宮崎友禅斎(みやざきゆうぜんさい)と言う扇面絵師がいました。彼の書いた扇絵は評判で、井原西鶴の「好色一代男」の中にも、友禅斎の書いた扇は流行していたとあります。

前述の糸目糊を使った新しい工法を使った着物の下絵を友禅斎が携わることとなり、繊細な草花や自然風景などが着物に描かれるようになったのです。絵画のような華やかな文様は女性の心をとらえ人気となりました。そしてその工法も人気作家「宮崎友禅斎」にあやかって「友禅」と言われるようになったようです。

※以前は宮崎友禅斎が友禅を作ったとも言われていましたが、最近は彼が友禅を作ったという資料は具体的に見つからないので、友禅を作ったのはその時代の各職人と考えられています。

京都に生まれた「京友禅」は、何と言っても艶やかな友禅

公家文化の華やかな雰囲気が好まれる京都では、着物も同じく豪華なものが中心になります。模様も京都御所で使われていた雅な御所車や、牛車に絢爛豪華な四季の花をあしらった花車、平安時代の装身具である檜扇などは定番。

その他にも縁起物の熨斗(のし)や優美な鳳凰も人気で、多彩な色を使って染め上げていきます。その後、金箔銀箔などで金彩加工したり、刺繍を加えたり、絞りも併用してさらに華やかに仕上げていくのです。

制作工程も複雑で多岐に渡るため、専門作業が分業制で行われます。特に模様師、刺繍師、金箔師なども加わり分業の中に入っていくというものは、京友禅特有と言っても良いかも知れません。それは顧客や呉服店の他、各工程をコーディネイトして紹介する「悉皆屋(しっかいや)」という職業があったということにも表れています。専門家の技術を集結させて一枚の着物を仕上げるのが、京友禅なのです。

「加賀友禅」は加賀百万石独自の文化

「加賀友禅」は加賀前田藩の城下町、金沢を中心に発展した友禅です。京友禅で大きな役割を果たした宮崎友禅斎も晩年には京都から金沢に移り住み、前田家の手厚い保護に預かったとも言われています。

加賀友禅には「加賀五彩」と呼ばれる臙脂(えんじ)、藍色、黄土、草色、古代紫があり、加賀友禅はこの五色を基調として上品に染め上げられていくのです。モチーフも花鳥風月を中心としていて、京友禅のような箔や刺繍といった加飾はありません。

また、京友禅が専門家の分業制で作られるのに対して、加賀友禅はほとんどの作業を一人の作家が行い、その印として「落款(らっかん)」を入れるのも加賀友禅の特徴です。作家の個性やこだわりが作品に表れやすいと言って良いでしょう。

「江戸友禅」はシックな雰囲気が魅力

その名の通り江戸で作られたものが「江戸友禅」と言われています。京友禅の技術が江戸に伝えられてのは江戸時代中期。大奥の女性や武家の奥方から人気が出て、やがて庶民にも伝わり段々と江戸好みに変化していきました。

柄は江戸湾を中心とした磯の松や網干(あぼし)、千鳥、葦といったゆったりとした自然の風景が多く、色合いも、藍と白を中心とした寒色系でスッキリまとめているのが江戸友禅と言えます。また「糊の白上がり」と言われる技法は、糊伏せした白い部分をそのまま残して模様の一つにするという独特のもので、江戸友禅ならではのものなのです。

実は江戸の町は諸国から単身で奉公や出稼ぎに来る人が多いために、男性が女性に比べてとても多かったと言われています。その割合は、女性1人に対して男性2人弱とも。男性社会の江戸では、艶やかな色よりも粋で落ち着いた色が好まれ、それが「江戸友禅」にも反映されたのかも知れません。

まとめ

もともとは中国大陸からやってきた日本の染織ですが、江戸時代に友禅染が出来ると日本の民族文化として発展していきました。ただし日本は四季折々の変化が激しく、公家や武家、町民といった地域性も強いため、同じ「友禅」と言っても、個性は大きく分かれたのです。

最近は日本人だけでなく海外の方にも人気と言われている友禅は、芸術そのもの。日本文化の代表と言っても良いでしょう。